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甲府家庭裁判所 昭和45年(少)582号 決定

少年 Y・O(昭二六・七・二五生)

主文

本件について少年を保護処分に付さない。

理由

少年に対する送致犯罪事実は別紙のとおりである。

当裁判所の行なつた少年に対する精神鑑定によると、少年は「興奮性、鈍感性の異常性格を伴う軽愚程度の精神薄弱者」であることが明らかにされたが、鑑定人に対しては本件犯行を否認していたため、犯行時における少年の精神状態については明かにしえなかつた。

ところで、検察官よりの送致記録によると、右犯罪事実を証明する証拠は、

(一)  少年の自白(警察調書、検面調書)

(二)  少年の現場確認(司法警察員捜査報告書)

(三)  火災現場の実況見分調書、被害者、目撃者等の供述調書

(四)  ○保○○子の供述調書

(五)  少年のアリバイ関係の証拠

に大別される。以下各項の証拠についてその証拠能力、証明力に検討を加えてみる。

一  少年の自白の任意性

少年の司法警察員および検察官に対する各供述調書によると、少年は全犯罪事実を自白しており、また裁判官の勾留手続における陳述調書、昭和四五年六月二六日付検察官送致決定前の少年審判期日においては、いずれも被疑あるいは送致事実を認めていた。

ところが、昭和四五年七月二四日、検察官より本件の再送致を受けた当裁判所が、少年に対し精神鑑定を行なつたところ上述したように、少年は鑑定人に対し終始被疑事実を否認していたばかりでなく、鑑定終了後においては、附添人、調査官に対しても全事実を否認するに至つた。そこで、まず、少年の先の自白の任意性について検討してみる。

昭和四五年一二月一二日付当庁横川調査官の調査報告書に添付されている少年の父Y・Sの手記による

と、少年は、

(一) 昭和四五年五月一三日、午前八時二〇分頃、呼出しを受けて甲府署に出頭したが、同夜一〇時頃若い係官に自動車で送られて帰宅した。

(二) 同年五月一八日、午前八時頃自動車で少年を連れに来て、帰宅したのは夜の九-一〇時頃だつた。

(三) 同年五月一九日も、前日とほぼ同様であつた。

(四) 同年五月二一日は、午前七時四〇分頃連れに来て、帰宅したのは夜の一〇時頃だつた。

(五) 同年五月二三日、午前七時三〇分頃連れて行かれて同日正午すぎ逮補された。

となつている。これによると、少年は、逮捕前の四日間一日約一四時間捜査官の支配下におかれていたということになる。

他方、本件記録中にある供述調書、捜査報告書によると、この間、少年に対しては、次のような任意捜査が行なわれている。

(一) 五月一八日。供述調書一通(六丁)が作成され、司法警察員○本○文らが午後一時頃より(終了時刻未詳)、同○野○雄らが午後八時頃より同一〇時三〇分頃まで、それぞれ少年を伴つて現場に赴いている。

(二) 五月一九日。供述調書は作成されておらず、司法警察員○野○雄らが午前一〇時頃から午後四時頃まで同○林○知らが午前九時三〇分頃から同午後四時四〇分頃まで(前者と重複)の間、少年を伴つて現場に赴いている。

(三) 五月二一日。供述調書一通(一八丁)が作成されている。

(四) 五月二三日。逮捕状執行。供述調書四通(合計四〇丁)が作成されている。

したがつて、五月一三日午前八時半頃から午後一〇時頃まで、五月一八日午前中、五月一九日午後五時以降午後九時頃までどのような取調べが行なわれたのか。五月二一日には、少年は一四時間前後、警察に任意出頭しているが、その間に供述調書一通(一八丁)が作成されたに留まるのか。いずれも明かでない。また、五月二三日より強制捜査に入つているが、同日調書四通(四〇丁)が一挙に作成されているところからみると、相当長時間の取調べがあつたもの、と推定される。

それはともかく、例えば、五月一八日のみについてみれば、少年は午前八時頃甲府署に連行され、午後一時頃から午後一〇時三〇分頃まで、現場を引廻された上、供述調書一通も録取されているから、同日における取調べ時間は悠に一三時間をこえたもの、と推定される。このような長時間にわたる取調べは、通常の少年に対するものであつても、精神的、肉体的に相当苛酷にわたるものであると認められる。まして精神薄弱者である本少年が、精神的、肉体的に蒙つた圧力は量り知れぬものがあつたことであろう。

このように、職務には極めて誠実と認められるが、精神薄弱少年の取扱いには格別の理解を示しているとも思えない本件捜査官らが、その余の五月一三日、五月一九日、五月二一日の三日間においても、きわめて熱心に、かつ集中的に少年の真実の供述を求めたであろうことは、推測に難くない。

少年は鑑定人に対して次のように答えている(鑑定書三七頁)。(どうしてやつたことになつたか)、余りしつこいから。いくら言つても承知しない。ちつとも信用してくれない。頭に来て全部やつたと言つた。

精薄少年に対して四日間毎日一三時間内外の取調べを行なつた事実を前にして、当裁判所は、少年の右の供述をもつて、「自己の罪責をまぬがれるための弁解にすぎない」として排斥するだけの確信を到底もちえない。したがつて、少年の自白は強制にもとづくもので、任意性はきわめて疑わしいという結論に到達せざるをえない。

二  少年の自白の信憑性

少年の自白には、任意性の有無を暫らく考慮外においても、次に掲記するような矛盾、撞着、不自然あるいは不合理と思われる個所があり、また、誘導による自白の疑いがある個所もあり全体としてその信憑性はきわめて乏しいといわざるをえない。

(一) 少年は、警察においては、一二月二九日の朝、映画を見に行きたいからと母親から一、〇〇〇円もらつて家を出た、と供述している(五月二一日付調書)。ところが、検察官に対しては、右同日時、母親から、自分で仕事を探して働け、と小言をいわれ、腹立ちまぎれに家を出て映画に行つた、と供述を変えている(六月一〇日付調書)。

(二) 少年は、終始朝の一〇時頃から夜の九時半頃まで映画を見ていたが、その間昼飯も夕飯も食べなかつた、と供述している。しかし、映画終了後、シンナーおよびナロンを買う際には一、〇〇〇円札を出した、としている(六月一〇日検面調書)。映画館内では、通常パンや菓子類が販売されているのに、何故に少年は二度も食事をとらなかつたのであろうか。少年は、映画終了後、あらかじめシンナーやナロンを使うつもりで、その有効性を強めるために、わざわざ空腹を保つたとでも説明されるのであろうか。

(三) 少年は恐喝の加害者の自宅を知らなかつたわけではない(○橋○彦の司法警察員に対する供述調書、附添人の少年本人よりの聴取書)。送致事実記載の動機のように、加害者が憎ければ、同人宅への放火を考えるのではあるまいか。

(四) 少年は第二現場附近で、シンナーを半分位こぼした、と供述している(五月一九日付捜査報告書)。二五〇CC入りの瓶の半分をこぼせば、残りは一〇〇CCあまりであるが、はたして、それだけの量で、○田運送外数カ所に放火しうるのであろうか。

(五) 少年は当初シンナーを用いたのは、○田運送の現場のみであつたと供述している(五月二三日付最終調書)。しかし、後に、外数カ所においても使用し、空瓶は貯水池附近の草原に捨てた、と供述を改めている(六月二日付検面調書、六月二九日付検面調書)。

(六) 少年は警察においては、放火後「家に帰つたまでの道順とか時間などもよく覚えていない」と供述しているが(一八日付調書)、検察官に対しては、自分の家に帰つてトラックの中で朝まで寝たと供述を改めている(六月二九日付調書)。戸外に駐車しているトラックの運転席は通常鍵をかけており、簡単には乗れないものであろうし、また、寒気も相当きびしい一二月下旬、トラックの荷台で数時間はたして眠ることができるのであろうか。

(七) 検察庁で行なつた精神鑑定によると、「少年の供述の信憑性は薄く」、とくに少年は犯行当時「理非善悪を弁識する能力が欠けていた」と推定されている。そのような少年が、はたして具体的に、かつ詳細に、犯行時の状況を記憶しており、「犯人でなくては知りえぬ事実」を数多く捜査官に供述しうるのであろうか。

(八) 当裁判所の行なつた精神鑑定によると、「落着きなく、意志不安定な性格を有する被疑者が、二時間半にも亘つて執拗に放火を連続することは十分に納得できないようにも思われる」とされている。

これらの中で、少年の供述が変化しているばあい、すなわち、(一)、(五)、(六)のばあいについては、後の供述が、法律実務家の側からながめれば、比較的合理的と思われるところに共通した特徴が見出せる。そして、このことを、

(イ)  鑑定書にも指摘されているように(四八頁)、一般的に「精神薄弱者が取調べ官の誘導や暗示にかかりやすく、そのために虚偽の自白に赴くことが多い」といいうること、

(ロ)  他方、

(1) 六月一三日付捜査報告書によると、捜査官は、「被疑者は平和通り以西の現場はシンナーを使つていないと供述しているが、同現場でのマッチのみの点火で発火不能と認められる地点については、シンナーを使用したものと認められ、被疑者が一たん言い出した場合は、自己の主張を訂正しない、という性格の癖から申述しないだけのもので該個所についても使用したものと認められるものである」とされており、

(2) また、五月二四日付取調べ報告書によると、「被疑者は連続放火の内の五件については覚えがないという事を申述しておるが、同事案についても右の特殊な知覚からが原因で覚えがないという事を申述しているものと認められ、その五件も犯行手段及び犯行日時、同場所等から、同人の犯行と認められたものである」とされていること

を合せ考えると、捜査官が予断、推測をまじえて、本件捜査を推進していたことは明らかで、諸般の状況を総合しての合理的予断であると説明されるのであろうが、それはそれとして、少年の自白は、強制あるいは誘導による供述の変更ではあるまいか、という疑念は拭えない。

三  自白の補強証拠

少年審判は刑罰を科する手続ではないから、自白に補強証拠は必要でない、とする考え方がある。しかし、当裁判所は、少年の人権保障という見地から、このような考え方には同調しかねるのであるが、それは別にしても、上述したように、本件自白には、その任意性、信憑性に疑問が残されているということになると、当然その補強証拠、なかんずく、少年と放火行為を結びつける物的、人的証拠の存否が問題にされなければならない。

(イ)  マッチ。少年の自白によると、小年は二九日の朝路上で拾つた「小川ローザの絵の入つたエッソの小型広告マッチ」を放火に使用したことになつている。そして、本件押収物総目録によると、本件現場附近から、合計マッチ箱四、軸木一七本が発見領置されている。しかし、それらと放火行為との関連性は全く明かにされていない。また、少年の自白中にあるマッチは、右押収物中には存在せず、更に、他に同種あるいは類似のマッチが存在することすら確認されていない。

(ロ)  シンナー。少年の自白および○井○○江の警察調書によると、少年は一二月二九日午後九時半頃、映画館を出て、甲府市○○×丁目○井○○江方で、シンナー一瓶(二五〇CC、六〇円)を購入し、その空瓶は貯水池(○和短大北側)附近草原に捨てたとされている。しかし、右○井○○江は、少年に右同日時頃、シンナーを販売した事実を記憶しておらず、また、貯水池附近草原でシンナーの空瓶は発見されていない(六月一七日付司法警察員後藤福敏作成写真撮影報告書)。

(ハ)  少年の衣服等。押収証拠中には、少年の衣類等数点がふくまれている。しかし、そのいずれも放火行為自体についての証拠とはならない。

(ニ)  目撃証人。少年の放火行為を目撃した者も、少年が放火現場附近におつたことを目撃していた者もいない。

四  少年の現場確認(捜査報告書)

少年は五月一八日、一九日の両日にわたり、いわゆる現場引廻しをされ、これについて四通の捜査報告書が作成されている。ところで、捜査官が被害者の死体や兇器の所在を知らないのに、犯人がこれを指示したといつたばあいと異なり、捜査官が、被害日時、場所、状況について、相当詳細な知識を有している本件のごときばあい、とくに、少年は精神薄弱者であることを捜査官は知悉していたのであるから、捜査官が「犯人しか知りえない事実」を明らかにしようとするならば、それが誘導や暗示によつたものであるという疑いを招かないよう、相当な配慮が必要とされるはずである。

ところが、鑑定書によると、この点と関連して、少年は鑑定人の設問に次のように答えている(三三頁)。

(それから)………警察で地図もつて来た。人のいない間にちよつと見た。めくつて。

(どんな地図)………黄色い地図。

(見てどうしたのか)………これは燃えているところと思つた。

(いくつあつた)………一〇いくつ。

(一番から順に)………名画座のあたり。お巡りさんが車で連れて来た。

(どうやつて案内したか)………まごまごしていた。見憶えないかと言われた。その辺に行つたら燃え跡があつた。そこやつたと言つた。

(一日で廻つたのか)……… ………後の五件は写真で見せてもらつた。大体何があるか知つた。捜査報告書の中には、いくつか「犯人しか知りえない事実」を少年が供述、指摘したと記載されている。しかし、それらが捜査官の誘導、暗示によるものではないのかという疑問に対して、すなわち、上記少年の弁解に対して、各報告書作成者は「警察官のやつたことだから信用してもらう外はない」と答えるの外はないのであろう。

しかし、一般的なばあいは、格別、本件のごとく誘導、暗示にかかりやすいとされている精薄少年を、朝の九時半から午後五時近くまで、あるいは午後一時から夜の一〇時半まで、数人の警察官のみで引廻し捜査したばあいについて、はたして何人が警察官のやつたことだから、すべて誘導や暗示によるものでない、と断言しうるであろうか。

かくして、少年の現場確認(捜査報告書)についても、捜査官の誘導、暗示が介入しているのではないか、という疑いが払拭しえないのである。

五  ○保○○子の供述

本件において、客観的=第三者的と目しうる唯一の証拠は、○保○○子の供述である。これには六月五日、司法警察員に対してなされたもの(前供述と呼ぶ)、および一二月一六日、少年審判期日に証人としてなした供述(後の供述と呼ぶ)がある。けれども、同人の供述は次に述べるようにあいまいな個所、前後矛盾する個所が少なくなく、その信憑性は乏しいといわなければならない。すなわち、

(一) 目撃場所について。前供述においては、映画館自転車置場附近としていたが、後の供述においては、映画館北側カバン屋ショーウインドウ附近となつている。

(二) 目撃時間について。前供述は午後九時半頃であつたが、後の供述は九時四五分頃としている。

(三) 前供述においては、帰途同僚二人と目撃した少年のことを話し合つた、としているが、後の供述においては、そのようなことはなかつた、としている。

(四) 前供述においては、目撃したのは一二月二九日と記憶しているのは、(三)で述べた同僚二人とそれを話し合つたからである、としていたが、後の供述においては、単に放火事件のあつた日だつたので、と改めている。

このように後の供述を改めたのは、主として、(三)で述べた同僚二人が、同人の前供述を肯定しなかつたため(六月五日付捜査報告書)と推定される。

同人は後の供述において

(イ)  少年が午後一時から午後二時までの間、映画館に入つた。

(ロ)  午後六時ごろ、五分位少年は映画館の外に出て、改めて入場した。

という二つの事実を新たに附加供述している。しかし、(イ)の点は、少年の自白によれば、少年は、終始、午前一〇時頃映画館に入つたとしているので、これと時間的に矛盾するものであるし、とくに、司法警察員が、六月五日、右○保○より事情を聴取するにあたつて-前供述中において-、相当重要と思われるこのような事実に、全然触れていないということはきわめて不自然と思われる。

六  少年のアリバイ

附添人堀内茂夫作成の聴取書三通(陳述者Y・Y、同Y・Tおよび少年本人)ならびに家庭裁判所調査官横川信介作成の調査報告書三通(陳述者Y・S、同Y・Y、陳述者Y・Y、同Y・M、陳述者少年本人)を総合すると、少年は一二月二九日夜から三〇日朝まで、自宅で兄と同室で就寝しており、外出した事実はない、とされている。

親族のアリバイ供述は、一般に信憑性が乏しいとされている。しかし、このアリバイ供述をくつがえす第三者的証拠としては前記○保○○子の供述があるのみである。そして、○保○○子の供述には上述したように信憑性の乏しいものがあるかぎり、少年の両親および兄妹の供述といえども、親族の供述であるという一事をもつて信憑性なしとはいいえないのである。

七  むすび

現行少年法二〇条は、事件の罪質、情状が刑事処分相当とするときは、事件を検察官に送致すべきものとしている。したがつて、反対に、事件が保護処分相当とされるものであれば、犯罪事実が社会の耳目をしよう動させたものであつても、その犯罪事実自体に争いのあるばあいでも、あるいはまた、犯行時の責任能力に疑問があつても、事件は家庭裁判所において処理すべきである、ということになる。

しかし、この規定の適用には、多小の拡大解釈があつてもさしつかえないのではあるまいか。例えば、本件のごとく、社会の耳目をしよう動させ、事実自体および責任能力にも争う余地のあるといつた、重大、複雑、困難な事案については、公開裁判において、検察官、弁護人立ち会いの上、事案の真相を究明、確定することが、公共の福祉にも少年の利益にも合致する所以ではあるまいか。少年法五五条は、地方裁判所で審理をとげた末、事件を家庭裁判所に移送する道を開いているのである。

当裁判所としては、上述した理由と合せて、年長少年でもあり、すでに医療保護処分を受けている本少年が、責任能力を限定的にもせよ認められれば、刑事処分に付してもあえて異とされないのではないかと思料し、一度は本件を検察官に送致した。しかし、検察官は、本少年に対しては、医療少年院送致が相当であるとして、事件を当裁判所に再送致して来た。

ところで、右再送致判断の基礎とされている、検察官において、行なつた精神鑑定の主文には、すでに上述したところであるが、

(イ)  少年の供述の信憑性は薄い

(ロ)  少年は犯行当時、理非善悪を弁識する能力を欠いていた

といつた判断がふくまれている。それにもかかわらず、検察官があえて本件を当裁判所に再送致して来たのは、

(一) 責任能力のない少年に対しても保護処分を課しうる

(二) 保護処分をなすについては、刑事処分におけるごとく、確信に至る心証を必要とせず、犯罪事実存在の蓋然性(疎明あるいは証拠の優勢程度の心証)があれば足りる

と主張している少年法理論に立脚したのではあるまいか、と考えられる。

けれども、少年法という法律は、捜査の第一歩から、処遇の終結まで、未成熟の少年を成人と比較して、なるたけ人道的に、なるたけ寛大に取り扱うこと-保護-を本来の使命としている。成人であれば、刑事裁判において無罪とされる事案について、少年なるが故に、保護処分という名称はともかく、自由拘束を伴う処遇を受け、少年およびその家族が、そのためいちぢるしく名誉を毀損されるといつた不利益を蒙る結果となることは、そもそも少年法を制定した精神を没却し去るものではあるまいか。他方、少年の保護に名を借り、不十分、不完全な捜査結果を、少年およびその家族の損失において救済する、といつた、少年法制定の精神とはおよそかかわりのない事態が招来されないとは断言しえないであろう。

かくして、少年審判においても「疑わしきは少年の利益に」という原則が、当然に適用されなければならない、ということになる。さすれば、本件犯罪事実については、上述したようにその証明十分とはいえないのであるから、少年法二三条二項により、本少年を保護処分に付することはできないものとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 宮崎昇)

別紙

犯罪事実

被疑者Y・Oは、精神薄弱者であるが、昭和四四年一二月二九日午後一一時ごろ、甲府市内でシンナーを吸引中、前日同市内で○橋○彦(一八歳)外一名から「金を持つてこい、腕時計を出せ」などと脅迫されたり殴打されたことに対するうらみから、同人の家に放火して仕返しをしようと思つたが、その家が判らないため、うつぷん晴らしに同市内の家屋や器物などに手当り次第に放火しようと決意し、別紙一覧表記載のとおり、同日午後一一時三五分ごろから翌三〇日午前二時ごろまでの間、一七回にわたり、同市○○○×丁目建材業○島○方ほか一六ヶ所において、同表記載のとおり他人所有の現住建造物五件、非現住建造物一件、建造物以外の物件一一件にそれぞれマッチ、シンナー等を用いて放火し、現住建造物一件はカーテンを焼燬したのみで未遂に終つたが、他はいずれも当該物件を焼燬し、建造物以外についてはその放火によりいずれも公共の危険を生ぜしめたものである。

別紙一覧表

番号

日時

放火場所

種別

放火状况

被害額

1

二九日

午後

一一時三五分ころ

甲府市○○○×丁目建材業○島○方玄関カーテン

現住建造物放火未遂

ビニールのカーテンに放火、一部を焼燬したがすぐ通行人が消火、家屋に移焼せず

2

〃四〇分ごろ

同右

旅館業○屋○だ方裏側付設物置

現住建造物放火

物置内の薪、紙くず等に放火し、板壁柱、天井等を焼燬

四、〇〇〇円

3

〃四〇分ごろ

同右

飲食業○本○よじ方裏側付設物置

物置内のコンロ上に薪を積んで放火、板壁、天井等を焼燬

一〇、〇〇〇円

4

三〇日

午前〇時ごろ

同右

折箱屋○原○次郎方南側軒下

軒下に大量に積んだ折箱に放火、折箱、家の柱、ひさし等を焼燬

四〇、〇〇〇円

5

同右

会社員○水○方南側軒下

建造物以外放火

軒下に置いたダンボール箱に放火、ござ等雑物焼燬

6

〃五分ごろ

同右

美容院○谷○雄方北側付設物置

現住建造物放火

物置棚の紙くず等に放火し板壁の一部焼燬

7

三〇日

午前

〇時一〇分ごろ

同右

無職○間○し子方入口前ポリバケツ

建造物以外放火

ゴミ入れのポリバケツに放火、ゴミ焼燬

8

〃一五分ごろ

同右

ガラス屋○口○男方前路上

ガラスの本枠に包装紙をはさみ放火、木枠の一部焼燬

9

〃五〇分ごろ

同市○○×丁目

青果業○登○典方前軽四輪貨物自動車

軽貨物自動車運転席にシンナーをまいて放火、右自動車焼燬

六五、〇〇〇円

10

〃五五分ごろ

同市○○○×丁目

山梨中銀横路上屋台

(○越○太郎所有)

しめ飾りを収めたダンボールに放火、屋台と商品焼燬

七五、〇〇〇円

11

〃五五分ごろ

同右

○島百貨店前路上空ダンボール箱

ダンボール箱に放火、二、三個焼燬

12

〃一時五分ごろ

同市○○△丁目

映画館○○東映裏側自転車預り所監視小屋

非現住建造物放火

羽目板に放火し、右小屋と内部にあつた物品焼燬

一五〇、〇〇〇円

13

〃一〇分ごろ

同右

映画館○○東宝裏側物置場の椅子

建造物以外放火

中古布張椅子等に放火焼燬

四三、〇〇〇円

14

同右

ポリバケツに入つた紙くずに放火、紙くず焼燬

15

〃五〇分ごろ

同市○○×丁目

靴下卸業○島○雄方南側軒下ダンボール箱

建造物以外放火

ダンボール箱に入つた紙くず等に放火、これを焼燬

16

〃五五分ごろ

同右

○田運送甲府支店車庫

現住建造物放火

車庫内のトラックの積荷にシンナーをかけて放火、トラック二台、積荷、車庫、事所等を焼燬

一〇、〇〇〇、〇〇〇円

17

〃二時ごろ

同市○○×丁目

金物商○田○助方前軒下

建造物以外放火

ビニール管入ダンボール箱に放火、これを焼燬

一〇、〇〇〇円

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